言葉と身体の一致
目が笑っていないと昔から言います。
デュシェンヌという神経学者が、笑いには目の周りの眼輪筋と口角を引き上げる大頬骨筋が主に関わっているのですが、眼輪筋は作り笑いでは動かないから「口元は意志で作れるが、目のまわりの動きは本物の喜びのときにしか出ない」と主張しました。
現代では訓練すれば眼輪筋を動かすことも可能だと言われていますが、作り笑いは笑顔の終わり際が急だったり、左右が非対称だったりするそうで、一定程度「目が笑っていない」と言えそうです。
私が子供の時に、友人の母親で少し苦手な人がいたんですね。
なぜその人が苦手だったかというと、とても優しくて「みんなのやりたいようにやったらいいのよ」といつも言ってくれるのですが、その人の表情が全くそんな感じがしなかったんですね。
冷たくて、心配なのよと言いながら結局こちらをコントロールしてくるような、そんな印象です。その言葉の優しさと観察しているような表情の矛盾というのが、とても印象に残っています。
人間は驚くほど身体に本当のメッセージが出てきます。
そして子どもはその身体のメッセージを即座に理解します。
大人が隠せているかのように思っている自分の心は、言葉ではなく身体に現れ、子どもたちには見抜かれているように思います。
私たちが他者と向き合うときに最も向き合わなければならないのは、「今からしゃべる言葉は私の表情や身体と一致しているのだろうか」という点なんですかね。
年齢を重ねると作った表情の回数が皺を作り表情になっていきます。
ドキュメンタリーを見ていてこのおばあちゃん本当にいい顔をするなと感じる時がありますが、きっといろんなことがありながら身体と言葉が一致することが多かったんでしょうね。
この身体と言葉が一致した途端に、どんな年齢であってもその人の表情がふっと和らぐように見えて、人間の心は興味深いなと思います。
2026.06 Facebook投稿から
